きらきら星まで

シュール

012 versionupの必要性

ずっと背中が硬く緊張を感じている。意識して肩と背中を緩めないとガチガチのまま。深呼吸をして肩の緊張を緩める。

関係の無いところで幸せになってください。

だれにたいしてもそう思う。私の世界に誰も居ないからかもしれない。幸せになってください。関わらないでください。ふたつは同義であって、わたしの優しさでもあるのではないでしょうか?

両親との関係を切ろうとするわたしの頭がおかしくて狂っているのだと言うならおかしい人間に憐れみを与えてくれる両親はすごくやさしいんでしょう。
話もしたくない。

それはいつかわかってくれるんじゃないかと期待する幼さの証明だった。いつかは永遠にやって来ないことをやっと、やっと体感した。腑に落ちた。たくさんあった重荷がやっと降ろしていいものだと自身に言える。
両親はわたしに愛情があったと思う。
けれど愛情を学ばなかった。愛情は大切にして栄養を与え、適宜バージョンアップをする必要があるんじゃないだろうか?
綺麗事だろうか?

011

何十年もの昔話を昨日の事のように思い出す。この苦しみはその出来事が無ければ無かったはずだった。
殴られるというのはそれだけ酷い出来事だったんだろう。助けて貰えなかったことも、寄り添われなかったことも。

辛い話を聞かされたとき、同じような辛い話をしてしまう。マウントを取りたい訳ではなく、そのやり取りがコミュニケーションだと学習していたからだ。
辛い話は、辛い話として聞けば良いだけで自身の経験を話す必要はない。こんな歳まで気がつけなかった自分と、やっと気がつくことが出来た自分。両方の自分を持て余している。
話を聞いて寄り添われる経験と、重荷が降りる経験があったなら幼くても出来たのかもしれない。奪われた経験に憤りのようなものを感じる、、。


今も年末年始の想像を繰り返ししてしまう。両親からの叱責が想像出来る。その想像を繰り返すことにダメージが蓄積される。馬鹿みたいな話だけれど、それが真実なんだろう。

009

ここまで時間がかかると、想像していなかった。期限も切らずに悲しみたいだけ悲しもうと決めていたからここまでかかったんだろうね。

幸せだったね。楽しかったね。
そう感じているわたしを見ていた。遠からず終わる幸せだとも分かっていたから、幸せに最後まで浸ればいいと思っていた。
大切だとちゃんと心から思って、自由であって欲しかった。それだけだった。
わたしに誰かを幸せに出来る技量など持ち合わせていない。一緒に居て幸せやふわふわした形にならないものを感じてもらえるのならそれも、幸い。

007罰

1度窓から飛び降りようと足を桟にかけた。もう1度は階段のてっぺんから落ちかけた。どちらも死に近づいた瞬間だった。あの日々があったからわたしの人生はおまけになった。あの日に死んでいたら今を感じることはない。人を好きになったり大切に思ったり、幸せを祈ったり。もっと早くに死ぬんだと思っていた。今日を生きていることに感謝している。
大切なもの以外どうでもいい。大切な人が生きていてくれたらそれでいい。そうやって過ごす毎日をわりと気に入っている。
暖かい部屋の中から見える外は、冷えた空気と鋭い風。歳をとっても胸の中にあるさみしさは消えない。同じようにたまに顔を出し、たまにどこかへ行く。
私の描く絵を大切にしてくれる人がいたりごみ箱へ捨てる人がいたり。貶す人もいた。気持ち悪いと言う人もいる。
空を見たら月が欠けていく。もうこれからは年末に母のところへ行かない。今日が最後になるんだとわかっていた。住所を渡しありがとうも言わないでこども時代を過ごした場所の全体を見回した。田舎だからずいぶん広い。切られた無花果の木や20歳まで居た子ども部屋を想像した。入る必要はなかった。いつか終わるだろうと思っていたその日が来たことに実感はわかなかった。
家族ってなんだったんだろうね。育まれたもの。育まれなかった情緒。
世迷言。わたしは私の中に湧き上がる熱しか信じていない。
遠い空の下見上げれば同じ月を見ていたりする。生きていたら起こること。
がんばったねぇがんばったよねぇ。聞こえてくるささやき声を聞こえないふりして元気に笑う。つまらない。ぜんぜんつまらない。
あなたを好きなわたしのことをわたしはそれはやさしい気持ちで見ていた。よかったねぇたのしかったねぇだけどそれは急に終わるから気をつけるんだよ。そうなっても生きていけるように手筈を整えて準備を怠らないようにね。人には理由があるよ。どんな事にも理由があってそれを邪魔してはならないよ。わたしだって自分なりの理由でたくさんの人を傷つけてきたでしょう?本意でなかったとしてもそうだったんだから、その報いが回ってくるんだよ。
顔もあげれず下をむいたまま頷くしかない。報いが来たんだよ。
因果応報など信じていない。なのに幸せな日々に罰が下される。
出来ることは祈るだけ。
その世界に干渉するなど出来やしない。
もう一度窓の桟へ足を掛け、身を乗り出す。ゆらゆらと風で揺れるからだ。左手だけがフックのように室内へ引っかかる。この手を離せば。新しい世界へ行けるのかもしれない。
100年後、500年後もしまた出会えたら、神様、罰はいらないです。

006お母さん

今日で両親との関係が終了しました。もしも来世があるのなら、次はうまく関われるといいですねと帰りながら思いました。幸せかどうかは知らないし、どんな状況でも不満ばかりなのかもしれないので不都合なくこれからを過ごせるといいですね。今までは何かあれば助けようと思っていました。妹に関してもそのような気持ちでした。

失敗だらけの人生だったかもしれないし、そんなものかしら。

縁を切る為の切符を母は受け取りました。どんな思いで、わたしがそれを渡したかきっとさっぱりわからないと思います。

伝えなければ伝わるわけもないので、と今まで何度も痛い思いをしてきたのにまた伝え、今回は自身がいつになく弱っていたこともあり許容出来そうにありません。


わたしは母がほしかったんでしょう。話を聞いてくれる母がほしかった。今世はあきらめます。

振り返ると驚く程に話を聞いてもらった記憶がありませんでした。言葉にしても一笑に伏される。真剣に取り組むことも揶揄されました。そんなものです。

如何にわたしがだめな考えを持っているか、母がどれだけがんばってきたか涙ぐみながら話されました。

だれかの悲しみと自分の悲しみを比較する意味なんて、どこにあるのでしょうか?


最後にあの場所に立って。子供時代と両親へお別れしました。両親とこれから話すことはないでしょう。


終わっていく関係ばかりです。大切にしたかった関係ばかり掴めずに零れていきます。自業自得、因果応報、どれでもいいです。


選んだのはわたしです。

こどものころ、お母さんが好きでした。大切でした。おかあさんが悲しんでいたら助けたいと思いました。

わたしの思うやさしいおかあさんではありませんでした。おかあさんはわたしの、したことを覚えていません。できなかったことばかりを責めました。わたしがだめなのだと思いました。

今わたしにはだいすきなともだちがいます。サポートし合える職場のチームもあります。大切に思う人もいます。


それなのに母の言葉はわたしの何かをごっそりと抉ってきます。これは泣き言でしょうか?




子供時代の思い出として、母が焼きリンゴをつくってくれた事だけがしあわせな記憶として残っています。それだけで十分です。父には魂を傷つけられました。残す言葉はひとつもありません。



さよなら、おかあさん。

005マルトリートメント

熱がまったく違った。

よく胸に刻もう。

大切に思っていたのはわたし。


悲しいのか悲しくないのかわからない。

大切にしよう。

この気持ち。

だれかに肯定されることは幸せなこと。


鳥の声。

木々の枝の揺れる音。

ベッドの軋む音。

水がぽちょんと落ちた。


長くて短い人生に出来ないことを数えるよりも

楽しみを感じていたい。

正しいとか美しいとか、苦しくてもその道を進みたい。

恐怖と隣り合わせに生きることは、戦場で生きるみたいなものだ。こぼれ落ちた幸せを噛み締める。

嘘も本当もなく、忘れていく過去に祈る。

星野です 不惑の年を生きます